教育徒然

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異常であることに気が付いているか


大津市の中2男子「自殺練習」―学校が生徒に口止め「外にしゃべるな」

 この事件の詳細等については、いまだよくわからず、どういった展開になるのか今後注視していかなければならない。しかし現時点で異常な状態になっていることを指摘しなければならないと思った。

 ともかくツイッターで表示される意見がヒドイ。いつもの政治家やマスコミ、警察に対しての罵詈雑言もさながら、今回のコメントについても「死ね」や「死刑にしろ」、「クビにしろ」といった言葉がならぶ。いじめによる被害者が自殺し、それを隠ぺいしたという事からなのだろうが、まるで自分たちが被害者になったかのような勢いで、教員と教育委員会、いじめ加害者について、罵詈雑言を浴びせている。

 しかし、書いている当人たちは気付いていないのだろうか。その言葉そのものが、自分たちが嫌悪している「いじめ」につながるものだということを。悪人に対しては何をやっても許されると、自分たちは正義の、そして被害者の代弁者として述べていると本気で考えているのだろうか。また、こうしてツイートすることで世間が「いじめ根絶」に動くと考えているのだろうか。

 ツイートされた中には、学校の教職員の氏名と住所をすべて公開して糾弾してやろうという趣旨のものもあった。真に受けた人間が本当に電話やメールを仕掛ける可能性もある。自殺した生徒が通っていた学校が今後苛烈な攻撃にさらされて、本来の仕事に集中できないような状況にならないことを祈るばかりである。

 以前より「心の距離・範囲」の話をしているが、今回の事をみても、異常な事態になっているのではないかと危惧してならない。自殺した生徒はすでに自らの手で自分の存在を実態を形造ることはできず、ネットユーザーのそれぞれの心に投影された生徒像のみが肥大化するだけである。その生徒像はユーザーによって生み出されたものであるゆえに、心の距離が非常に短く、さもすれば一部同化してしまう。

 反対に教育委員会や教員、加害者生徒たちの像は自らの像を打ち出すことはできるが、事態を収めるためには大人しく謝るのが最善という事で表だって主張はしない。もし主張したとしても、ネットであれば「被害者に近い」または「被害者と同化した」大多数のユーザーによって糾弾され、言論が封殺されてしまうだろう。被害者側に寄ったユーザーにとって「心の距離」が非常に遠く、耳を傾けるに値しないということなのかもしれない。

 こういったツイートの中に、加害者の実名や教育委員、教員の実名を実際にあげて、反射的に殺害予告などをしてしまわないことを切に願う。

 私は教員であり、上記のようなことを書けば、教育委員会や教員、加害者を擁護していると思われるかもしれない。いじめられ自殺した生徒の事を何も考えていないと言われるかもしれない。それでも、リンク先の記事や他のサイトで見られる反響などをみて書かずにはいられなかった。

 「いじめ根絶」を本気で願い、今も被害者と同じような苦しみを抱えている生徒を救いたいと思うのであれば、冷静に言葉を選んで意見を書いてほしいと思う。どんなに身近に被害者を感じようと事件の当人ではないのだ。痛ましい事件であり、今後見守っていかなければならないからこそ、反射的な言動はするべきではない。

 最後に、亡くなった生徒の冥福を祈るとともに、ご家族、友人、関係者の皆様もお体を損ねることのないようご自愛くださいませ。
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