教育徒然

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経験

 日本人の知らない日本語3 祝!卒業編

 この本を知っている人も多いと思う。この本の中で面白いやり取りがある。日本語をある程度理解できる外国人の方が腹痛で倒れ、その症状を医者に伝える時の話である。日本語学校の教員が付き添いでいくのだが、医者が話している日本語は外国人の方にはほとんど通じず、なぜか日本語教員と話すときにはスムーズに会話が進むといものだ。その理由は、日本語教員は外国人がそれまで習った語彙や文法を使って話したから外国人に理解できたのであり、医者の話す言葉は知らない言葉や言い回しが多かったゆえに伝わらなかったというわけだ。

 これは、他の授業にも言えることではあるが、もう少し視点を変えてみると、生徒の実態を掴んでいるからこそ、授業が成り立つとも言えるのだ。特にこれらは講演や出前授業などを頼んだ時にあらためて見えてくるところがある。または教育実習生の授業でも似たようなことがあるかもしれない。

 授業に意識を向けさせるという事は非常に難しい。特に多人数で30人以上をまとめる場合には、間というかタイミングが重要である。パンと手を叩いて「こちらに集中してください」というだけでも、そこには積み上げてきた習慣と集合体の掴み方がある。

 経験を積めば誰でもが習得可能な技術だろう。しかし、こうすればいいと伝えてできるものではない。その技術は生徒ともに積み上げてきた技術でしかない。同じ言い方、同じ行動をしたとしても同じ授業にはならない。腰を据え、自分と生徒で授業を作るという意思がなければ、技術として蓄積しない。年間を通して関わり続けるからこそできるものと考えなければならない。
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