教育徒然

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なぜ規制した方がいいと考えたのか

 なかなか面白いものを見た。

衆議院青少年問題特別委員会内容→「ネット規制しろ、ケータイ規制しろ、ゲーム規制しろ」

 出来るだけ上記のまとめられた反応だけではなく、記事内リンクにあった審議中継も見た方がいい。念のため、こちらでもリンク先を提示しておく。該当箇所は書かれている通り、1:28:50前後からである。

衆議院インターネット審議中継 青少年問題に関する件(いじめ問題)
 
 さて、色々と言いたいことがあるのだが、とりあえず事実確認から。
 
 1 水谷氏がネットや携帯電話、ゲームを規制した方がいいと言ったのか。

 これについては間違いなく言っている。ただし、どの程度の規制を念頭に置いているかについては不明。子どもたちには全面的に使わせない方がいいととれる発言だが、具体的な規制内容を述べているわけではない。
 
 2 インターネット、携帯、ゲームを規制すれば成績も良くなり、いじめも不登校引きこもりも減る。

 水谷氏の発言の中で、2のような発言があった。氏によれば中高で講演した際に、生徒たちに対して「携帯電話等でインターネットをする時間をなくせば成績が上がるか」と聞いたところ8割前後の生徒が手を挙げたという。それだけネットに時間を費やしているということの証左であるとのことだが、実際にネット等を使わないことで成績が上がるというデータを出したとか、またはいじめや不登校が減るのかといったことに関しての統計データを示したわけではない。
  
 3 ネットの状況はひどすぎる。製造物責任(PL)法の解釈を拡大して、表現やネットゲーム生産者責任を問うべき。

 これまた水谷氏の発言だが、どういった現状を見てネットがひどすぎると思ったのかは不明。また製造物責任法によってそれらを是正できると考えた経緯についても述べられてはいない。

 こんなところで事実確認はいいだろうか。しかし、なぜ水谷氏はこういったことを述べるに至ったのだろうか。私の推測でしかないが、上記のように述べてしまう理由を考えてみよう。

 まず規制しようと考える理由だが、すでに2で出ているようにネットで時間を費やし過ぎて勉学に集中できないということだろう。青少年のインターネット利用環境実態調査などをみると確かに学年が上がるごとにネットを使う時間は増えている。しかし、それがすぐ成績に直結するかと言われれば、一昔前の「テレビを見てるとバカになる」ぐらいの印象とそう変わらないのではないかと思う。

 さらに、いじめや不登校がネットによって増えたと直接的に言える原因を示すデータを私は探し出すことはできなかった。ただ、以前指摘されていた「学校裏サイト」などの誹謗中傷によるいじめがあったり、不登校になった生徒が自宅でネットをやっているとの姿は容易に想像できるので、ネットがあることによりいじめや不登校が助長されるということは考えられる。

 また3で出たネットの状況がひどすぎるというのが何を示しているのかは分からないが、おそらくあまりにも混然としているという意味なのではないだろうか。確かにネット上には膨大な情報が溢れ、子ども達が取得する情報としては早すぎるのではないかと思われるものが多数存在する。自己申告による制限と申し訳程度のフィルタリングでは心許ないと思ったのかもしれない。さらには、身の守り方を知らず、無防備で実社会と変わらぬネットに接する子どもたちに危機感を覚えたのかもしれない。

 こういった想像から水谷氏は規制した方がいいという考えに至ったのではないだろうか。ただここで水谷氏の言っている規制は「法」による規制だと明言しているわけではない。どうしても規制というと「法律」によって強制的に子どもたちにネットを使わせない規制を想像しがちであるが、今回の言葉だけで判断することは難しい。むしろ製造物責任法を持ち出していることからも子どもたちを取り巻くネットの環境を規制するという解釈に聞こえる。

 とまあ、自分なりに水谷氏の言葉について上記のような意図で発言したのではないかと考えてみた。さて、ここから私の気になる点について述べていきたい。今回の発端は馳議員が「ネット中毒」の危険性について水谷氏に質問したことである。その中で上記のようなやりとりがあったのだが、このときに両者ともに現在行われている「情報教育」について考慮している様子はなかった。かろうじて水谷氏が「保護者が(ネット環境等を)与えてしまう」と述べただけである。

 水谷氏の場合は、いじめ問題の説明をした時に「学校が対処すべきいじめ」と「警察が対処すべきいじめ」と区別している。そのためネットに関する問題は学校では解決できず、保護者によって管理されるべきだがそれすらもできていないので別の規制の形を持ち出し、教育では限界があると判断したのかもしれない。馳議員の場合は実際にどのように考えているのかが分からないが、情報教育について言及していない以上、何も期待していない可能性すらある。

 こういった時に情報教育が俎上にのってこないことこそが危機的状況ではないのだろうか。ネットはどうしようもないから規制しかないと判断し、教育する意味を深く考えない。義務教育から情報機器を使わせ、それを正しく導こうとしているにも関わらず、「規制」という考えが優先して出てしまう事の危うさが表れている。

 確かに教育は万能ではない。しかし、なぜネットを使うのか、社会とネットの関係や子どもたち自身がどのように接すればいいのかなどは教育だからこそ考えられるテーマである。単にネット中毒という言葉で一括りにまとめられたものを規制すればいいというのは横暴にしか思えない。そして「規制」という発想が優先される現況はもっと教育の有用性を打ち出して払拭する必要がある。

 だが、情報モラルに限った教育としても、あまりにも打ち出し方が正当過ぎて効果の程が疑われているのではないか。あまりにも当たり前すぎて教育の意味を見失ってはいないのか。それこそネットがあまりにもひどいというのであれば、少しでもインパクトのある教育的アプローチを行わなければならない段階にきているのではないか。そんなことを思わせる答弁であった。 

 ※ 話題はそれるが、水谷氏の当該箇所以外の発言でいじめから逃げることについての言及があった。近頃増えているいじめられた状況に陥ったならば「逃げてもいい」という発言だが、あれに対して水谷氏は苦言を呈している。「逃げてもいい」と言っている人があるが、あれは無責任な発言であると。いじめられた当人はその場から逃げだしても、後々まで苦しんでいる。第三者は「逃げればいい」と言うだけではなく、いじめられた当人にいつか必ず「向き合う」ことを考えさせなければならず、それこそ重要だと。これには全面的に同意できる。
 
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