教育徒然

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新たな言葉「情報フルーエンシー」

 あちらこちらとネットを見ていると興味ひかれる記事に出くわすものである。しかし、同時に時間を取って見回してみなければ見つからなかったとも言える。

スマホ普及は進むもリテラシーは身に付かず

記事補足☆スマホ普及は進むもリテラシーは身に付かず

 さて、上記の内容を見てどう思うかと問われれば、それはそうだろうなという思いであり、項目ごとに挙げるとすれば次の3つである。


 ① スマートフォンの普及とICTに関する基礎的な知識・技術の習得をつなげるのは少し苦しい。

 ② タッチタイピングの習得が半数近くいたのはむしろ多いなと驚く。

 ③ 「情報フルーエンシー」は電子教科書の普及と共に広げていくしかない。



 それぞれについて補足していこう。まず①についてだが、確かにスマートフォンは情報機器である。であれば、ICTにつながることも理解できるのだが、そのまま情報教育の履修状況に話を進めてしまうのは些か唐突に感じてしまう。教科「情報」であれば、パソコンや携帯電話について取り扱うこともあり、近年のスマートフォンの普及状況を考えればスマートフォンに関しての話をすることもある。ただ結局あくまで端末の種類が増えたということに過ぎないので、普及と共に知識の習得につながるかといえば、そんなことがあるわけがないと言うしかない。

 また②については正直な感想で半数近くの学生がタッチタイピングが出来るのかと素直に驚いた。調べた学校によって違いもあるだろうが、他の大学でどのような結果になるかも気になるところだ。

 そして③の「情報フルーエンシー」という言葉については初めて知ったので、辰己准教授の論文を読んでみた。以下に示しておこう。

情報フルーエンシー ─情報リテラシーの次にある概念─

 これを読んでみて思うのは、共用パソコンで実習を含んだ内容として扱うには、システムの新たな構築が必要とされるのではないだろうか。であれば、電子教科書の早期普及とともに個人設定及びログイン、アカウント、インストール、ライセンスなどを実践的に学ばせる方がいいだろう。何せ私自身授業で、一通りの内容については教えてはいるが、セットアップなどを含めたやり取りは実践に勝るものはなく、どうしても知識では生徒が上の空になってしまっている。

 さらにいえば、これを高等学校の教科「情報」内で教えることが妥当であると判断しにくい。個人的には教えても構わない内容であり、事実取り扱ってもいる。しかし、傍目から見た時に「それは授業でやることなのか」という訝しげな視点を持つ人間がいるのではないだろうか。特にアップデートやインストールなどは「何も自分でやるべきことではないのか」と教える必要があるのかと判断に困ってしまうのが現状であろう。

 そのあたりの境目をつけられるかどうかが「情報フルーエンシー」という考え方が広まる要素に関わってくるのではないだろうか。
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