教育徒然

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独り言は声を落として

 ツイッターでは本当にあちらこちらでネタを提供してくれているのだが、なぜこんなにも発生するのかを考えてみる。と同時に急に注目された人に対しても色々と考えてみる。

 まず以前から述べているようにツイッターで発言するという事は、最初の段階では虚空に向かって言葉を投げかけているようなものである。誰が返すかもわからず、ただとりあえず話してみる。それがフォロワー数が少ない段階の話であり、正直独り言と何ら変わりはない。

 ではこれがフォロワー数が増えてくるとどう変わるか。相互フォローの関係や自分の身近なところに限定された場合だと、大体20~30人といったとこだろうか。こうなると自分の発言に対して返事が増える。自分がフォローしている人間も増えているが、有名人のツイッター等になると返事が来るものだと思ってはいない。ここで少しツイッターに対して勘違いが起きるような気がする。

 それは結局のところツイッターがメールと同じような扱いでいいというものだ。もちろんメール的使い方をしてはいけないわけではない。しかし、自分の属する狭いコミュニティ内のやり取りが誰にでも見られるようになっているとの認識は格段に下がっているように思われる。しかも、閉じた世界にありがちなことなことだが、自分の狭い範囲内で話をしていると声が大きくなりやすい。

 さて、この声の大きさだが、特にツイッターではフォロワーの人数が声の大きさに相当するようなものではないだろうか。そしてフォローしてくれた人たちの性質が声質に置き換わるような気がする。想像してほしい。どこかのファミレスで大人数でいる人たちほど声が大きくなってはいないだろうか。しかも、その集団に対してあまりいい印象がなければ聞き触りがいいものではないだろう。これと全く同じことがツイッターでも起こっている。

 そして、これが沢山のフォロワー数を持った人となるとどうなるか。その人は相当声が大きく、周りの人たちに対してメガホンで叫んでいるようなものである。この声の大きさを自覚している人はさほどプライベートな内容を言ったりはしない。特に有名人の公式アカウントなどはそれこそプライベートと思っていないだろう。しかし、フォロワー数の急に増えたような一般人しかもプライベートと区別をつけないツイッターの使い方をしている人はそれこそ大声で叫びっぱなしである。

 叫び続けている当人としてはフォローしてもらっているだけで叫んでいるという感覚はないかもしれない。しかし、周囲の人間にしてみればなにをしているんだろうと訝しんでおり、それを発言者が止めることはできない。そもそも発言者はどう思っているのだろうか場合によっては当人も声を潜めたいと思っているかもしれない。しかし、フォロワー数を自分で減らす必要性がないと考え、自分の発言に何ら問題ないと思っている人もいるだろう。

 そういった場合をどのように考えるか。正直声が大きい人は声が大きいことを自覚してほしい。そして、その声の大きさや声質で小さな声の意見をかき消さないように耳を傾けてもらうことが必要なのではないだろうか。正直双方向性などあってないようなもので、意見を消さぬようそっとフォローしておくのがいいような気がする。殊更声を大きく喧嘩腰に吹っかけ捲し立てても双方にとって得るものはない。

 
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