教育徒然

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学力層ごとの指導

 ある発言の中で低学力層と高学力層の指導には違いがあるというものを見て思う。確かに違いはある。そして低学力層は授業を受ける体制から作り始めるという事については同意が出来る。ただ、それだけではない。そのあたりについて述べていきたい。

 まず底辺校に来ている生徒たちという括りで話を進めていきたい。この生徒たちはやはり一般的な普通高校と比べてしまうと大分学力が低い傾向にある。いわゆる学級崩壊を起こすきっかけになった生徒であったり、通常授業を受けられず、保健室登校をしていた生徒たちが集まってきていたりするので、入学当初はこういった生徒たちに授業を受ける体制を作らなければならないというのが実状である。

 しかし、なぜ彼らはそうまでして高校に通おうとしたのか。その理由は生徒によって異なるが、大抵はせめて「高卒」でありたいという本人や親の希望によるところが大きい。もちろんそれ以外にも高校に入ってやり直したいという願望などもある。ただ総じて言えるのは、生徒たちが授業を受ける目的が非常に弱いという点にある。卒業するためには授業を受けなくてはならず、単位を認定されなければならないという程度の目的しかないので、授業に対して意欲的になれないのだ。これを教える側が認識しているかで、かなり大きな影響がある。

 授業に臨む際に曖昧な目的しか持たないゆえに、最初の指導は授業を受ける体制づくりになる。高校に通う理由を教える側が熟知している場合、「授業を受ける際に~~をしなければならない」というのは、授業の強制ではなく、生徒たちの目的にそった解答でもある。しかし、これを分かってない場合、「~~しないと単位を認めない」などという最終手段のように使ってしまう。これでは、生徒はますます授業そのものに意欲をなくしてしまう結果に陥る。

 そして、ここからが授業担当者の勝負であり、如何に生徒たちに授業の目的を意識させるかが重要となってくる。既に述べたように生徒たちは卒業するという大まかな目的しか持っておらず、各授業に対して何をどうすればいいのかという目的や目標はない。それをどのように授業に引き込み、自ら目的を見つけさせるのか。それこそが求められている。単にテストでいい点を取るのか、それとも授業の内容に興味を持ち、新しいことを知りたいと思うのか、その目的や目標を導き出してやらねばならない。

 それがうまくいかなければ授業は成立しないのが低学力層であると思う。高学力層にとって、高等学校の授業は大学進学のための通過点であり、授業を受けることに対して疑問は持っても、「授業を受けない」という選択をすることは少ない。だから表面上の授業は成立する。先を見ているとも言えるだろう。しかし低学力層にとっては将来の予想をしていないために、授業に取り組む意味が見出せないのだ。それを意識しなければとても授業にはならないだろうと思う。

 実習を中心とした教科はそれを見据えていることが多いために、いわゆる底辺校では取り扱われることが多い。しかし、座学と言えど教員がその視点を持って生徒と授業に取り組み意思を持っていれば、出来ることは多く、授業に向き合わせることが出来る。低学力層と高学力層のどちらが教えるのが難しいかというのは、お話にならない。どちらにもそれぞれの難しさがあるが、初めから自分はできないと言ってしまうのは少々情けないと思う。

 
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