教育徒然

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情報機器から切り離された情報教育の価値

 震災より11ヶ月という事で、あの時思い悩んだことについて述べる。

 簡潔に言ってしまえば、私が教えていることは震災時に何か役立たせることが出来たのかということである。

 地震が起こった時は、まだ授業が行われていたため、ほとんどの生徒が学校にいた。その後すぐ停電になったため、学校周囲の状況も分からず、携帯電話のワンセグテレビや車載テレビなどで大きな被害が出たことを知った次第である。その後、各担任が携帯電話で生徒の保護者と連絡を取り、必ず近親者に迎えに来てもらっていた。また家が近場にあり保護者が迎えに来るのが難しい場合には、教員が連れ添って徒歩で送り届けるなどの対処をしている。他にも帰宅が難しい場合は、合宿所などで夜を明かした者もいる。

 そんな中で連絡手段として携帯電話は非常に役立った。しかし、電気がいつ復旧するともしれぬ状況だったので、極力電池の消耗を避けるよう生徒たちに指示し、できるだけ定期的な連絡に努めるよう話をした覚えがある。とはいえ、現代の子どもたちはすでに身近なところに情報機器が存在し、不安な気持ちを紛らわせるためかあまり話をした効果があったとは考えにくい。

 結果として私が教えていた生徒たちの被害状況は、数日から1~2週間ほどの停電と断水が続いた。後に話を聞いたところによると、やはり最短でも3日ほど携帯電話を使えなかった生徒が相次いでいたということである。この状況で果たして、情報活用能力を生かす機会はあったのだろうか。

 正直な話、ほとんど役に立ったとは言えないだろう。別段ネットワークや情報機器だけを重視した授業を行っていたわけではないが、電力が回復せず、完全にインターネット等のネットワークからも切り離された状況では、何もできないことを痛感させられた。

 あの当時、ネットワークを使いこなし、情報機器の機能を最大限活用できたのは、震源地から離れ、比較的被害が少なかった場所にいた人達である。ツイッター等のSNSを利用した行動が非常に有益だったという、その様子は一部報道や後の話で知ることができた。しかし、被害の大きなところではインターネットなどまったくもって通用せず、人伝のもっとも基本的な方法でしか情報を知ることが出来なかった。

 最も大きな情報源がラジオだったことはよく知られていると思う。その背後には、本当に何も知ることのできない状態が長時間続いていることが不安を煽り、例え精度が低くとも、何かを伝えてくれるものに縋りたかった気持ちの表れがある。いつまで情報が断絶されるかわからない中で、単3電池程度のわずかな電力で長時間聞くことのできる情報源はとてつもない安定をもたらしてくれたと思っている。

 そして、そんな状況の中で、自分が教えている情報教育はどれほど役に立ったのかを後に考えてしまったのだ。未だにわざわざ情報を教える意味があるのかを悩んでしまう時がある。いくら情報活用能力が今後必要なものだとしても、ライフラインの危機にさらされた震災の経験の中でどれだけ意味があったのかを見出せないでいる。

 もともと学校でできる授業などに、そこまでの意味を求めるのが酷であると思われるかもしれないが、あの日以来、情報の価値が変わったと考えた人がいるのは確かだ。そういったことも踏まえて今後の教育に生かさなければならないと私は考えている。未だに堂々巡りを続ける中にいるが、技術的問題や情報モラル的問題等を踏まえて教育活動に取り組んでいきたい。


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