教育徒然

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熱血を押し付けるな

 ある番組で熱血指導や熱血教員と紹介されているものを見たことがある。ドキュメンタリー、ドラマ、映画など様々だが、大抵出てくるのは、見た目で分かり易い「熱い」場面である。スポーツなどの指導に良くみられるものだが、私自身はあまりああいう一場面を抜き出して持ち上げるのは好きではない。さらにいえばああいった指導のみを「熱血」として大きく取り上げるのは問題があると考えている。

 指導のやり方は人それぞれ代えるべきものであり、どれをとっても同じ指導になっているわけではない。特に各教科の指導においては、真剣に指導している場面を多く見ることが出来るにも拘らず、それらが注目される機会はとんと見受けられない。中でも問題なのは単に注目されないことなどではなく、そういった指導が他に伝わらず埋もれてしまうことにある。

 性格面を重視したような指導ばかり注目するのではなく、地道に積み重ねられた技術こそ焦点があてられてしかるべきなのだが、それは固有の教員による特色としてまねできないものとされてしまっている。確かに真似は難しい。しかしアレンジする方法がないわけではない。各教員が自らのやり方の中に組み込むという形ならば転用は可能である。もっともそのためには自分の指導法について考察しているというのが前提ではある。

 技術の伝播と各自のアレンジなくしては指導に意味などないと思うのだが、どうも「熱血」であるという事ばかりが注目されて、ため息をつきたくなる場面もたびたび目撃している。そのあたりをどう変えていくかも急務なのではないだろうか。

 ひとまずは性格に偏ったような評価を改めるべきではあるだろう。

 
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