教育徒然

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授業は常に挑戦の連続

 日々常に授業は移り変わっていく。そういえば聞こえはいいかもしれないが、実質いつも悩むばかりである。何度も繰り返し行った授業は応用パターンも増え、これはこうして、ああ教えればいいなという事ができる。しかし、そこに至るまでが非常に難産でもある。以前授業のアレンジという事も取り上げたが、一つの教え方は結局のところ授業のある側面を捉えて紹介されているに過ぎない。問題はそこからどのように自分で補強していくかという点にある。

 教えるという事は、その内容について全て知っていれば教えることが出来るということではない。教える相手が何を理解しているか、どこで躓いているかを把握することで、理解するための道筋を照らす点が重要である。なぜわからないのかを追わなければ、いつまでたっても一方通行で終わってしまう。

 ゆえに授業の構成やプリントなどの使い方は生徒によって徐々に変わっていく。たとえ同じものであっても、別の事例を持ち出した方が分かり易い、伝わりやすいということもざらにある。誰もが同じ参考書を使って、同じ成績にならなのが当然であるのに、教え方がたった一つで全員に伝わるという事などあり得る筈はないのだ。

 だが、そのぶん使える材料は多くあった方がいい。アレンジの方法がたくさんあるのであれば、それだけ対処はしやすくなる。加えて、それを常に議論し、実践の中で使い、応用パターンを増やしていくことがもっとも望ましい授業の作り方であると思う。生徒に、授業はどうだったかを聞いて具体的にどうした方がいいのか聞くことなどは必要不可欠なのだ。

 同教科の教員にアドバイスを請うてもいいし、他教科であってもどうすればいいのか、議論する事で研鑽していくことは決して恥ずかしいことではない。ところが、そのあたり活発に行われているようで、なかなかどうして進まない分野でもある。多くは実態を考えずに、一回の授業で判断するからだと思われるのだが、如何せん口出しされるのを嫌う人がいるのも事実である。

 そういった点をもっと柔軟に日々学習していくことが肝要ではないだろうか。
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