教育徒然

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無断転載を注意しても何も変わらなかったお話 ※まとめ後の謝罪文追加


 この一連の流れはどのように考えればいいのだろうか。簡単にまとめる。

 ① 一人の中学生が他人の絵を無断転載。

 ② その行為をネットで見た方がやんわりと注意。

 ③ 中学生は注意に対して反発。

 ④ 別の方も出来るだけやんわりと注意。

 ⑤ 中学生改めて反発。中学生に近しい人物も加わってやり取りに横槍。

 ⑥ やり取りは平行線で終わる。

 ⑦ その後、別の掲示板等にて話題となり、中学生は謝罪。アカウントの削除。

 
 この中で見るべき点と言えば、⑤と⑦、そして中学生が当事者であるということだろうか。結局のところ、中学生はネットにおける数の力を見誤ってしまった。当初は単に自分の誤った行動を指摘されただけにもかかわらず、それを自分の見える範囲の数の理論で正当化してしまった。しかし、それ以上の数の力が働いてしまったことで、アカウントの削除というところまで追い込まれる事態となった。

 子どもの世界は非常に狭い。いくらネットに繋がっているからといっても、子どもたちが認識できる範囲でしか世界を認識できない。これは実生活においても全く同じことである。最近は大人でも非常に視野が狭い人もいるようではあるが。

 よく茶化して言われているが、「ヤンキー」の会話で「お前、どこ中出身だ?」という会話がある。これは、自分の知っている世界で相手を計ろうとして、自分の思いもしないことを言われると、結果として貶すことにつながるという典型である。これが子どもたちの認識する世界であり、限界である。そして、それがそのままネットに持ち込まれている。

 「自分を知っている人たちが自分を応援してくれている。しかも相手は個人で立ち向かっている。数ではこっちが多く、自分の知らないことを持ち込まれるのは不快である。だから反発して、徹底抗戦する姿勢をみせる。なんと格好いい構図だろう」となってしまう。

 しかし、数で武装した子どもは、圧倒的多数に追い詰められることを想定できない。自分が有利であることに陶酔して、他の意見に耳を傾けない。結果、自己を顧みずに数に頼ったすえに、自分の頼りの綱だった数に縋る間もなく潰されてしまった。

 とはいえ、ネット自警団とも揶揄されるやり方が必ずしも正しいというわけではない。

 ネット自警団大活躍 ホームレスいじめ大学生が内定取り消し

 今回の話は子どもであることも加味して、もう少し中学生の擁護側に冷静で影響力のある人物がいればよかった。本来ならばそこに保護者がいることが望ましい。何とも後味の悪い話である。

 ちなみに別ルートで以下のような話も。

無断転載を注意したらやめてくれたお話

 最初からこうなっていればなと思わずにはいられない。
 
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