教育徒然

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教員に求められる「情報活用能力」の程度

 教科「情報」を教えるには教員の資質が重要であると先日述べた。生徒の「情報活用能力」を育み鍛えるのであれば、教科書に書かれている内容を「実」を伴って肉付けし、基礎的な技術力を高めることで、発展的学習を自ら行うことが出来るよう指導を行う必要がある。また高等学校の「情報」だけではなく、現在の小中学校においても基礎的な情報技術の習得と一般的な道徳を踏まえた情報モラルを教えることが肝要である。

 ここで注意点が生じる。高等学校においては曲がりなりにも教科「情報」があり、中学校においては技術の中に「情報」としての授業はある。小学校においては「総合的な学習の時間」で「情報」が教えられることになるわけだが、果たしてそれぞれの教員の「情報活用能力」はどの程度のものなのだろうか。

 現在、教員のほとんどが文書作成のためにコンピュータを使い、成績処理や会計、プレゼンなどを行うことで一般的な情報技術を取得しているといえるだろう。もちろんネットワーク技術やプログラミングといった専門的な内容を網羅した教員もいるが、割合としてみれば低い。また「Word」「Excel」「PowerPoint」に限れば、その使い方を教えることに苦労しないと思われる。ではこれらの能力だけで「情報」に関する授業を乗り切ることが出来るだろうか。

 はっきり言って乗り切ってしまうことは可能ともいえる。事実、これまでがそれに近かったのではないだろうか。教科「情報」でどういったことをやるのかを実践の中で模索しつつ、情報技術の習得だけが主目的になっていた。しかし昨今のネットワークの急激な発展が、単なる技術の習得だけにとどめておくわけにはいかないと、本来の「情報活用能力」育成に傾いてきているのだ。

 これは、「実」を伴わない「情報」の授業が横行していたことの改善ともいえるが、まだ技術習得から脱し切れてはいないだろう。といっても学校の授業なんてそんなものだろうとの指摘がありそうだが、そこを改善にしていくことに意義がある。そして改善の過程に教員の「情報活用能力」の向上が必須になるのである。

 「情報活用能力」の向上といってもさほど難しいものではない。児童生徒に教えられるだけの能力を確保できればいい。だが、全体を見回してみればこれほど難しい課題もないだろう。何せ現在の子どもたちはディジタルネイティブ世代であり、生まれた時から情報機器が周りにあふれ、ネットワークが生活の中に組み込まれている。その一方、現役の40代50代は情報機器は必要な時にしか使わず、なおかつネットワークの積極的利用を行うのに尻込みしてしまう。それこそ、ネットワーク情報をフィルタリングしたものしか受け取っていない。

 また20代30代の教員は情報機器やネットワークに抵抗はないだろうが、指導方法について模索を重ねている状況だということに変わりはない。これも指導できる人間が課題になってくるのである。また保護者の「情報活用能力」も検討事項に入ってくるのだが、学校で「情報」について教えてくれるのならば、自分が別に詳しくなくても大丈夫だろうという結論を導きかねない。

 今、「情報活用能力」の向上が様々なところで喧伝されている。ツイッターやブログ、インターネット生放送や動画などによる軽率な行動が起因するのだろうが、言われているのは情報モラルについてどうにかしなければということである。「情報モラル」は「情報活用能力」の中に必要な知識や規範としての役割をもち、身に付けるべき要素であることは疑いようがない。しかし、「情報モラル」だけでは意味がない。そして教える際には、「情報活用能力」が根付いた「情報モラル」の授業を行うことが求められるのだ。

 一定程度の情報技術の習得とネットワークにあふれる情報に断片でも触れ合っていくことが教員の「情報活用能力」の向上へとつなげるはずである。詳細などは今後の検討課題ではあるが、このブログの中で語ることが出来ればと考えている。
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