教育徒然

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問題と提案 電子教材(問題編)

 まずは前回の記事へのコメントありがとうございます。非常に稚拙な部分が多いにもかかわらず、読んで頂き嬉しく思っています。今後も適当に書いていきますので暇つぶしにでもしていただければ幸いです。




 さて、折角なのでコメントにあったことについて考えてみたので今回はそちらについて書いてみることとする。現状の問題についての処方箋ということなのだが、まずは何が問題になるのかを挙げていきたい。 

 電子教材に関する問題点

① 機材導入への障害
   
 a 予算

 情報機器の導入となるとまず始めに頭をよぎるのが予算が下りるかどうかにある。いくら教員側が使いたいと言っても予算に組み込まれなければ買ってもらえないのが実状である。「ipad2」で考える場合、一台当たり4万で40人分を事前購入すると160万になる。これだけの金額を動かすには、授業単位で考えるのではなく、学校・学科としてでなければ導入することはできないだろう。

 b 保管・メンテナンス・設置

 日常的に使うものであるということを前提に考えると、やはりどこに保管するのか、誰が管理するのかが問題になる。学校からの貸与を前提にするのであれば、教室の片隅に放置するという状況は考えにくい。何かしらのロックが必要となり、盗難等に配慮した措置がとられなければならない。同時にそれらの機材についてメンテナンスが全く必要ないということもないだろう。ギリギリの台数で購入した場合には尚更であり、メンテナンスなりソフト面でのバージョンアップを誰が行うのかなどの対処も考慮しなければならない。

 電子黒板などについての場合には設置が大きな障害となる。以前から指摘されていることではあるが、教室据え置きが基本となるようなタイプがほとんどであることを考えると、設置されている教室が多くなければ、日常的な授業での運用は難しい。使える教室を多くするためには予算に関わってくることも自明ではある。


② 電子教材そのものに関する不満点

 a 電子教材としての出来が粗雑

 もともと電子教材にどの程度の出来を求めるかにもよるのだが、それはデジタルだからこそ出来るのかと疑問に思う教材も多い。単なる写真・クリップ動画でデジタル教材と銘打つのは如何なものだろうか。もちろんそれとて役には立つ。だが、写真や動画に魅力を持たせるだけの教員の授業力があってこそ引き立つものであるという前提を考慮できているのか。
 
 よく言われる興味関心をひかせるために電子教材を使うというが、これでは大声を上げて注目をひかせるのと同程度の効果でしかないと考えている。それでも小学校高学年レベルまでならば興味は引けよう。だが、中高生にもなってくると粗雑な電子教材を利用するだけの意味をもたせられるのかは疑問だ。

 b 現時点での教材データベースはあるのか。

 私が情報の授業をするときに、色々なデジタル教材を探すのだが、はっきり言って、探すときの手間がかかりすぎる。無系統であちこちに点在する教材がほとんどで、リンク切れやすでに10年近く更新されないまま放置されたものも多い。目的に沿ったものを探そうとすると、おそらく1時間以上かけないとみつからないことさえあるのではないだろうか。

 先に述べたような単にデジタル上の写真や音声を見つけ出すならまだしも、学習に役立てるレベルの教材を探し出すためのデータベースが存在しない。教員ではなく、生徒が利用する際にもあてどなく探す必要がないデータベースの構築が望まれる。

 c 電子教材作成の難易度が高い

 自作で電子教材を作るのは随分困難である。特に生徒参加型という意味での電子教材である。いつ導入されるかもわからない情報機器に頼った教材開発は意味がない。現時点の環境でできる教材開発を進めていかなければ、タブレット端末が配布された時に対応できないと私は考えている。

 というのもパワーポイントのスライドや一部のアニメーション機能を使った授業など高等学校ではとっくに行われている。目立った動きではないかもしれないが、すでに教科書会社からのデータ提供などによって30~40代教員にしてみれば提示だけの資料など造作もなく作成し授業に取り入れられているのが現状なのだ。

 だが、生徒の授業参加型となると話は違ってくる。今教室にある情報機器と言えば、プロジェクターとデスクトップパソコンが一台であり、これを使った教材の作成は難しい。もっとも有効そうなものといえば「マルチマウス」機能を利用したパワーポイントの教材が一番いいのだが、マルチマウス機能が知られていないことを考えると些か難しい。

 またパソコン室を使用した場合でも、パソコンを通した教材学習は理解度の判定が難しい。ようは単にパソコンの操作が得意だからできているように見える場合もあり、あちこちクリックしていただけで正解にたどり着いてだけという例が示すように、踏み込んだ理解が出来ているかの判定ができないのだ。こういった状況を想定した電子教材の作成は一般的な情報技術からでは不可能に近い。教材作成支援ソフトもどれだけ役に立つかは見えてこない。

 d 情報機器での理解の不確かさ

 これは私自身が不安な点なのだが、果たして電子機器上で習得した技術はしっかりと知識となっているのかという疑問である。具体的事例として挙げるので、まずは以下の画像を見てもらいたい。



問題



 これは私がある授業の期末テストで生徒に出した問題である。①~⑤に当てはまる関数を手書きで書かせ、⑥や⑦はそれを満たす関数を書かせている。授業ではほとんどパソコンでのExcelを使った実習であるのに対して、これは紙面上に書かせている。そして解答させてみると、かなり正答率が下がる。実習では難無くこなしている生徒がいざ手書きになると、大分迷っているうえ、間違っている確率も高いのだ。ちなみに私はこのVLOOKUP関数やIF関数を教えるときに「関数の挿入」は基本的に使わせていない。

 また逆の反応を示す場合もある。実習ではなかなか理解できなかった生徒が、手書きで書かせたことによって急に実習でもできるようになった例がある。理由を聞いても「手で書いてから何となくわかるようになった」ということで、はっきりとした理由を考察するには至っていない。

 こういった事例を実際体験すると、果たして電子教材での理解を促していることに対して些かの疑問が浮かぶのは止められないのが実情である。もちろん機器上であろうと紙面上であろうと理解できる生徒はいるのだが、その違いがそれぞれの出来の良さからくるものだけと断言はできない。


 e 電子教材に頼る姿勢

 以前より電子教材はあくまでの教員の授業力があってこそと書いているが、いわゆる「100ます計算」のような扱いがなされるのではないかという不安が出てくるのだ。

 ゆとり教育が叫ばれる中で注目を集めた「100ます計算」をやったことがある人も多いのではないだろうか。蔭山英男による「蔭山メソッド」で、基礎基本を高めるための反復練習の一部として取り入れられた学習法である。これはメディアで取り上げられると同時に爆発的に普及し、あちこちで展開している状況が報告されていた。今も一つの学習法として取り入れられているところは多いだろうが、全国に広まったその効果が現在あらわれているのかは分からない。

 それも当然で、しょせん「100ます計算」は学習法の一つにすぎず、「蔭山メソッド」で長期的に継続して執り行われた教育法を全国的に行ったわけではないのだ。これがまさにデジタル教材の今後を表しているのではないかと思う。何かに飛びつきたいのは分かるのだが、継続的に行われる教育内容の一部だけを取り上げて、これが素晴らしいとのたまっていては結果として効力を発揮できたかもわからない、時代に埋もれるだけの方法にすぎない。

 また電子教材を推進する人たちから、その教材内容に対しての不満点が述べられていないのが気になる。実質授業を繰り返していると、教材に対して「ああなればいいのに」「ここをこうしたい」という点がいくつも出てくる。完璧な教材はもともとなく、状況によって要望する機能が違ってくるにも関わらず、それらが見えてこないのだ。これは授業を行う身としてはとても不安である。

 生徒がどんな質問をしてくるかはある程度予想してるとはいえ、時にはとても考え付かないような質問をしてくる。下手に電子教材がある場合だと、その質問に対して、その教材内で説明することができるのかを、その場で考えないとならない状況に陥ってしまうのではないかと思う。

 紙の教科書だけでは資料が足りない、説明が不十分、情報量が圧倒的に少ないという不便さがわかっているからこそ、のびのびと授業をできるという側面もあると考えてほしい。中途半端に便利であることが、なまじ幅のない拘束力を高めてしまう授業になりはしないかと心配である。


 では、これらの電子教材の問題点に対してどのように対処するのが望ましいのかを考えてみる。しかし長くなったので、次の記事に回すこととする。
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