教育徒然

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特定のソフトを使い続けるだけの授業はマズイのか。

 以前ある話題を投げかけられたことがあった。それは教科「情報」でマイクロソフトの「WORD」や「EXCEL」、「Power Point」を使った授業に特化するのは果たしていいのだろうかといったものである。その時どう返したかは忘れてしまったが、改めてこれについて自分の中で考えてみた。

 まずこの話題について、次の2点から考えてほしい。一つ目は「情報」に関する様々な知識をあまり扱わずに技術面の向上だけを重視した授業をおこなっていいのかという点。そしてもう一つは特定の会社によるソフトだけを取り扱って、他社の製品について触れなくていいのかという点。

 始めの技術面向上だけを重視した授業については、「情報」が始まった当初から問題点として取り上げられていた。どういった授業をしていいか試行錯誤する中で、他の教科で行われていたであろう実技を中心とした授業展開がもっとも取り扱いやすいものとして広がっていったものと思われる。

 また世界史の未履修問題が発覚した時に、進学校では「情報」の授業とは名ばかりで、実際には他の授業が行われていたのもご存知の方は多いだろう。この話自体、教科「情報」を授業として成り立たせる意味があったのかを疑問視している当時の状況を物語っている。今でこそ取り扱うべき内容が少しずつ見えてきたが、何を教えていいか戸惑いの中で実技中心に授業展開してしまったことは責められるべきものではない。

 とはいえ、現在までそれを継続していることについては問題がある。複雑化した情報化社会の状況をとらえ、「情報」を教える意味もまた多様化していることを考えると、実技一辺倒の授業では時代に対応しているとは言えないだろう。もちろん今は教材も充実し、内容についてもモデルとなるケースが出てきているので徐々に変化していると信じたい。

 さてもう一つの特定の会社によるソフトの問題だが、これは色々と思考を広げる必要がある。気になる点としては次の3つである。

 ① 特定会社を使うことで利益供与があるのではないか。

 ② 特定会社のソフトを使うことで他のソフトに対応できないのではないか。

 ③ 特定会社のソフトを使うことに捉われて、他の必要な知識を学べないのではないか。

 ①については正直わからない。マイクロソフトとそういった契約を結んでいるとの話を聞いたことはない。ただこれは突き詰めていったところであまり意味はないだろう。

 ②については些か考慮すべき事態ではある。確かにマイクロソフトの提供するソフトにだけ対応できても意味はない。しかし普及率の問題から言えば、最も使われる可能性のあるソフトを選択することに異論はないだろうと思われる。そもそも文書処理ソフトにしても多くの種類が出ているのは確かだが、基礎技術として学ぶということを重視するならば、どのソフトであっても構わないというのが本音である。加えてOS自体がWindowsによる占有率が高いことを考えると、それにセットでついてくるソフトを使ってしまうのは仕方ないのではないだろうか。

 また教科「商業」の面からもいえることがある。学習指導要領では「商業」に関する学科においては教科「情報」に関する単位を「商業」の該当科目で代替取得することができる。これは「商業」でこれまで行ってきた学習に準じた教育を行うことも考慮される。

 それ踏まえて考える。すると「全国商業高等学校協会」で行っている高校生向けの検定があるのだが、そちらもwordやexcelに対応したものがある。実際に情報処理検定などでは表計算ソフトを使った実技試験などがあるが、ほぼexcelでのことを想定しているので、それ以外が使えない現状に拍車をかけている。ちなみに同じようにワープロ検定があるが、こちらはwordだけではなく一太郎での受験も想定している。

 そうなると、特定のソフトにこだわっているというよりは、始めから想定されているソフトで学んだ方が効率が良いと言えるのだ。ゆえに教科「情報」でも対応がしやすいといえるかもしれない。もともと全てのソフトに対応することが難しいゆえ、汎用性を重視したことに傾いていることは否めない。しかし、一定の技術力をもてば、汎用性が高い分、他のソフトに各自で対応することも決して難しくはないと考えている。

 ③についてはむしろソフトに特定会社のソフトに捉われるというよりは、文書処理、表計算、プレゼンテーションという部分にだけ注目し過ぎではないかという視点と考えてもらった方がいいだろう。確かにパソコンの実習と言ってもこれ以外のソフトを使うことは少ない。というより、他のどういったソフトを使えばいいのかの指針がないというのが現状である。

 果たしてこれらのソフトを使うことが情報技術の基盤を築く上で必要なのかと言われれば、考えざるを得ない。それこそもっと以前挙げたプログラミングなどを重視して問題解決行動の向上に努めた方がいいのかもしれない。しかし、この問題は学習の過程を踏まえて突き詰めていく必要がある。

 これまでの社会環境からいって、生徒全員がコンピュータを扱える技術を身に付けていたわけではなかった。はじめて中学生でコンピュータに触れるものも多く、高校生になって本格的に取り組むようになったのがここ10年程である。そういった状況では、まずコンピュータでデータを打ち込むためのキーボードの扱いに慣れさせなければならなかった。そういった点で文書処理などは基本としてうってつけだったと言える。また数学的処置としての表計算、さらには発表としてのプレゼンテーションは基礎事項として受け入れられていたのではないだろうか。

 しかし、ここ数年でコンピュータ環境は大きく変わった。多くの家庭にコンピュータが入り、子どもも使える環境がそろい始めている。さらには学習内容もコンピュータを取り入れるものがでてきた。これらの現状は、改めて高校でキーボードの入力方法などを教える必要がないものへと変えてきている。そう考えると、今後の「情報」の内容はより高度なものへとシフトしていかなければならないだろう。それがプログラミングだったりするのかもしれない。

 ところが現状はいささか異なる方向へと動いているような風潮がある。それは子ども達のコンピュータやキーボードの使い方が数年前と比べても上達しているという確証がないことにある。先日あるネットの生放送で指摘されていたことなのだが、現代の子どもたちはわざわざコンピュータを使わずに携帯電話を使ってネットに接続しており、キーボードを使う機会が10年程前と比べて減っているというのである。

 確かに昨年度の携帯電話でのカンニング騒動があったが、今の子どもたちは携帯電話やスマートフォンの扱いに慣れ、コンピュータを必ずしも使う必要がない。しかしいくら携帯電話が使えても意味はなく、スマートフォンにしても社会に必要とされるスキルが育つかどうかの保証はない。

 そのように考えると高等学校の「情報」は新たに始まる小中の「情報教育」の現状を見据えつつ、社会の要請にこたえるような内容を模索しなければならないとう結論に至るのではないだろうか。何にせよまだまだ教科「情報」については不安定で検討課題が多いということだけははっきりと言える。


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