教育徒然

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思考を振り返る。

 私はどちらかというと頭の回転が鈍く、知識もそれほど有していないので、物事を整理してゆっくり考えないと思考がまとまらない。ブログの記事についても同じで衝動的に書いても、果たして意図が正確に伝わるかどうかが不安で結局投稿しなかったりする。またやたらと時間をかけて記事を作成することも多い。そんなに時間をかけたにも関わらず間違いや文脈がおかしかったりすることもあるので情けないばかりである。

 最近はツイッターで発言する人も増えたが、私は基本的にツイッターはそれぞれの人物の発言内容を知るために使い、自分からの発信はほとんどない。責任のとれる発言内容を短時間で思いつくことができないうえ、あまりに短い言葉だと相手の真意が読めないので非常にやりづらいからである。

 しかしツイッター上では様々な意見交換がなされ、有意義な論議になっていることもある。その一方で、ツイッターの発言では非常に不毛な言い争いになっている場合もよく見かける。一例をあげてみたい。

 ある人が発言した内容について、別の誰かが疑問を呈し発言の真意を尋ねる。そこで建設的なやり取りならば、発言者が改めて言いたかったことをまとめ、質問者はさらに細かい点で質問し、発言内容のディテールを固めていく。そこで発言者の意図をはっきりさせ、質問者の意見との相違点を見つけ出す。そのうえで互いの意見を明確にし、発言内容の是非を判断することになる。

 このとき重要なのはそれぞれの意見を互いに尊重しなければならないという点にある。そして自らの意見が変わったり、誤解を与える表現をした場合には速やかに意見を訂正・修正し、変更点を明確に示す。またどうしても相容れない場合でも、別視点からの意見があることを明示し、一つの解釈ではないことを付記する必要がある。

 これが、不毛な争いだと発言者にしても疑問の提示者にしても発言を唯一無二の一方通行にしてしまう。ゆえに両者の意見の争点がずれ、果たして何が目的だったのかすらも霞んでしまうことになる。しかもツイッター上では第三者も入ってくることが多くなる分、非常にずれやすい。

 こういったことがそこらじゅうであふれかえっている様を見るともう少しみんなゆっくり考えて、意見をまとめては発言すればいいのではないかと思う。自分がどういう思考をし、そこに思い至ったのかを振り返ってじっくり本腰を据えて発言する方が言いたいことが伝わると考えているのだが、これは間違っているだろうか。

 今はあらゆる意味でスピードが命といった状態になっているが、思考のスピードはそれぞれ変わる。頭の回転が速い人にとっては、頭の回転が鈍い人の考えるスピードはいらいらするのかもしれないが、話をしようと思い至ったのであれば、相手の方を向いて少しゆっくり時間をとってやってほしい。

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