教育徒然

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高度情報化社会は教育に何を求めるか

 1990年代半ばから急速に生活に根差してきたインターネットが示すように、現在は高度情報化社会という言葉を体現するような形態を為し、すでに20年近くが経過しようとしている。情報機器の発展に伴ったサービスの在り様も多様化し、我々はその恩恵を受けて生活している。教育現場もその例外ではない。しかし、ときに公教育としての性質上も含めても、その反映のスピードが遅いと感じられる。教育が失敗しては困るとの判断から慎重に事を進める他ないとするのは確かなのだが、もっと大局的見地も必要とされる。では実質何をどうすればいいのかを少しばかり考えてみたい。

 まず現在の高度情報化社会に生きる人たちは何を教育に求めているのか。一般的な見地から探ってみれば基礎的な情報技術が身についているであり、一例としては以下のようなものが挙げられる。

 ・ オフィス系ソフトによる事務処理能力。

 ・ プレゼンテーションソフトなどを使った表現力。

 ・ ネットワークを利用した情報収集。

 例示した内容をいともたやすく思いつくのは、よく使われる機能であると同時に教科「情報」でよく扱われる題材に通ずるからでもある。言うなれば上記の例はあくまで情報を整理するための補助として使われることを前提としたものなのだ。しかし、社会から教育への要請はこれではすまなくなった。情報化が進んだ結果、可視化された莫大な情報量の制御と新情報のデジタル化が課題となり、これに対応するための教育が今求められている。

 インターネット上には今や情報が溢れている。これは公的機関や企業を代表とした集団によるものから子どもや大人まで含んだ個人に至るまでが様々な手段をもって情報を発信している。これにより今までテレビやラジオ、新聞と言った情報伝達媒体に頼りきりだった状況がかわり、真偽入り混じった多種の情報が流れ出るようになった。これに対して情報を見分ける力、もしくは誤った情報の伝え方をしないよう自ら情報が制御できるような能力を育成することが必要とされている。

 さらにはオリジナルの情報を生み出し、自らデジタル化することも課せられている。多くの情報がパソコンなどの情報機器で扱われるようになったことで、既存情報との比較が容易になり、オリジナルの情報を要望されるようになった。そして情報機器の最大の利点である伝送速度においてアドバンテージを持つネットに流すためにはデジタル情報へと変化させる技能が必須となったのだ。

 そして絵や写真、文字やプログラムか関わらず伝えるための手段として必ずデジタル処理される。このデジタル処理の作業はソフトウェアによって変わるため、特定のソフトウェアスキルに長けているか、全くのオリジナルソフトの構築ができるだけの能力を有しなければならない。

 この状況を踏まえて考えてほしい。前者の情報の制御については津田大介氏などを代表するメディア・アクティビストへと連なるなるのだろうが、一般的な感覚としては情報モラルや情報倫理などがわかりやすい。加えて後者のオリジナル情報のデジタル構成化は、プログラマーなどにつながる流れではあるが、もっと簡単には創造力と様々なソフトを使いこなす応用力と捉えてもらってもいいかもしれない。

 ということで、「情報の制御」及び「オリジナル情報のデジタル構成化」が高度情報化社会から求められているものだと私は考えている。ではこの二つの能力が効果的に育成できるような教育を行うにはどうすればよいのか。いずれにしても段階を踏まえた学習が重要である。

 「情報の制御」に関しては近年情報モラルが注視される事態が相次いでいることで、早い段階での取り入れが進んでいる。その内容はまだ未熟であるが、導入の動きそのものは歓迎できる。ただ直近の課題として、小中高の学校間教育内容をどれだけ踏襲できるかがあげられる。また「情報の制御」を掲げる以上、汲み上げる情報量が多いにこしたことはなく、その環境を整えられるかも留意しなければならないだろう。

 「オリジナル情報のデジタル構成化」については、手が付けにくい状況にあることを考慮しなければならない。もともとオリジナルを考え出すことが苦手ではあるのだが、昨今のネットのサブカルチャー関係を見てみると、色々とチャンスは転がっているようにも思える。公教育として取り入れるには難しいサブカルだが、発想の新しさを見るという点で教育する側の観察も必要であろう。

 デジタル構成化に限った話ではプログラム言語の学習も視野に入れなければならない。しかし以前も取り上げたが、初等教育段階で取り入れるかは論議される必要があろう。もし受け入れるのであれば、高等学校における教科「情報」を普通教科として扱うよりは、専門教科として扱うことを検討するのではなかろうか。

 もしくはプログラム言語まで扱わずとも、ソフトウェアの応用力を高めるというのならば、サンプル品程度でも構わないので、多くの教育用ソフトウェアの開発が望まれる。何にせよ情報機器を扱うのであれば、経験や場数が物を言う現状がある。

 以上が現時点で私が考える高度情報化社会が教育に求めるものである。書く気がおきれば、近いうちに「教育が子ど情報化社会に求めるもの」を書くようにしたい。

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