教育徒然

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不自然なまでの対等概念。

 「情報」の授業で、「インターネット」について説明したり、情報モラルを教える場合に必ず伝えていることがある。それは、「ネットで交流する場合、自分がどんな人物であるか示す情報が少ないのであれば、節度を持った態度で相手に接しなければならない」というものだ。これは誹謗中傷を書くことのないよう促しているのと、無用なトラブルに巻き込まれないための第一歩であり、具体的事例と併せて教えている。

 しかし、最近のネット事情を考えると、もっと具体的に踏み込んだ内容を教える必要がでてきたと思う。その理由がタイトルに書いた「不自然なまでの対等概念」である。きっかけはツイッター等のSNSで見かけるやり取りにあった。もともとインターネット上のやり取りでは言葉による応酬が中心であり、相手の見えない気安さも手伝って誹謗中傷が発生していた。またネット上に投稿、掲載された僅かな情報からでは各個人の判断がしにくいことで、対人トラブルに発展する例も珍しくなかった。しかし最近のツイッター等に代表される対人の傾向は少し違う。

 近年は著名人がネットを使った交流活動を行ったりネットを媒体とした活動をする人物が堂々と自己を晒して発言していたりする。こういった人物と直接やり取りできることがネットの利点なのだが、そのやり取りにおいて本当に相手を見て交流しているのかという疑問が生じたのだ。

 これは単に年上だから敬えとか、相手の立場が上だから敬語を使えと言った類のことに留まるものではない。敬語表現はツイッターなどの場合文字数制限があることで敬語を使うと1ツイートでおさまらなくなるという事情はある。しかし文にあらわれる敬意とは敬語表現だけではない。面と向き合わずとも、対峙する姿勢に尊重の念を感じることが出来る。今のネット上のやり取りにそういった尊重の念を感じる機会は少ない。

 一方的な主張、相手のいうことを聞き入れず否定するだけの言動、本当に相手のことを知ろうとしたのか分からない即レス。そこには、やり取りする相手がネットを仲介したことで対等な立場であると勘違いしている節にあると思われる。ネットでは、「同じ人間なのだから対等な立場である」というものではない。ネットの応対は風呂場での裸の付き合いではないのだ。必ずそこには立場の違いが存在する。

 だが、それを無理矢理消し去ってしまおうとする。そして消し去った場合には、自分の我を通すためだけの論調に終始する。そこに相手の意思は存在しない。結局のところ、自分を語りたいだけの為に立場を消し去り、相手が主張しようとすると、それは対等ではないと言ってのける。それが随所に見受けられるようになったと思う。

 これまでの教え方はあくまでトラブルに巻き込まれないような対応、積極的な誹謗中傷を行わせない対応であった。いわば被害者にならないため、加害者にならないためのものであり、ネットを一人でも謳歌できる対応だったのだ。しかし今後は相手の存在を尊重した対応を行えるような指導を心がける必要がある。

 具体的な内容などは「授業提案」で書けるようにしていきたい。
 

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