教育徒然

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授業に臨むということ

 私は規模の小さな学校で「情報A」の授業を行っているので、ここ数年間一年生全クラスの授業を受け持っている。そして各クラスの数時間の授業が終わった後に親しくなった生徒たちから必ず言われることがある。それは「先生の授業はすごく眠くなる」というものだ。この発言をどのように考えるだろうか。

 大抵の人は「授業がつまらない」から眠くなってしまうのだろうなと捉えるだろう。例えばつまらない理由として授業内容が難しいという事例を挙げてみよう。確かに私の「情報A」の年度初めの授業は、あまり面白いものでもないと思う。出来るだけ実習時間を多めに取ろうとしているので、最初のうちに「コンピュータの五大機能」や「知的財産権」、「2進数」、「個人情報」などを扱う。ゆえに詳しく説明しようとするとついていけずにつまらないと感じる部分もある。

 また私の教え方が未熟なせいでつまらなく感じさせてしまうという理由も考えられる。前述したような内容で語句の説明や数学的要素を含んだものは小ネタを挟みつつも知識となるように扱ってやらなければつまらないと感じさせてしまう。また本当に個人的な理由として、私の声質が低く、声の緩急をつけて話すので余計眠気を催してしまうと毎年のように言われている。さらに今年は「簿記」の授業も担当しており、丁寧に教えようとすればするほど眠気を刺激しているようでもある。

 さて、こんな授業をどう思うだろうか。やはり私の授業がつまらないと判断するかもしれない。ただ実際にそう判断できるかは授業を受けている生徒自身を見てからにしてほしい。眠くなりつつも必死で聞いている生徒たちがいる。知識にしようとしている生徒たちがいる。それはなぜか。単にテストで低い点数を取りたくないためだけだろうか。それもまた目的としては至極正常である。だが、それだけでは意味がない。何のために授業を聞かせるのかを今一度考えてほしい。

 まだまだ私自身の授業力を挙げる必要性はある。現在行っている授業も同じ内容であっても様々な点において趣向を凝らし、授業を展開するために去年までとは少し変わっている。その中で決して誤解しないでほしいのは私はおもしろい授業をしようと思っているのではない。分かりやすい授業、もしくは後に知識及び知恵となる授業を行いたいのだ。

 とはいえ、授業で習ったことを示すために即時的な結果を出すことも必要だろう。ペーパーテスト、実技テストの結果がそれにあたる。具体的には「情報」の授業であれば、情報技術の向上及び情報モラルの習得、「簿記」であるならば会計能力の取得、分かりやすく言えば「簿記」資格の取得になる。

 だが、本当に授業を受けた全員、もしくは知識・技術の習得に至ったものが後に役に立つと言えるのか。資格の取得に至った生徒の成果が後に分かりやすくあらわれるときがあるのか。それはこの先の生徒にしかわからないことだ。

 ならば、テストはどのように判断するのか。点数もまた基準ではあるが過信するのではなく、そのテストの解き具合を判断するのが私のやり方である。なぜできなかったのか、その理由を直接生徒に確認する。責めるというよりは今後の授業の受け方をどうするかをたずねるといった行為に近い。

 やりたくもない勉強を無理矢理させられていると思うのであれば、なぜ学校に通っているのか。まずは生徒たちに目的を見出させなくてはならない。留年を避ける為、卒業するということが目的であるならば、最低限課せられた単位を取得することを自覚させる。授業が分かりにくいという文句があるのならば、分かりやすくするよう求めるなり、空いている時間に聞きにいくなり行動させなければならない。目的もなくただ漫然と授業を聞くだけでいさせることこそ無駄な時間につながる。

 生徒自身が目的を持たず授業に臨もうと思わないまま、努力しないままだから分からなくて授業が眠いというのであれば、そんな戯言に付き合う必要はない。しかし目的を見出した生徒のためには分かりやすく、後に知識・知恵となるであろう授業を行わなければならない。そうであれば、生徒はたとえ眠くなったとしても次の時間、または別の機会にしっかり対応しようとする。

 これを読んでつまらない授業を行う教員の単なる自己弁護と捉える人もいるだろう。そんな人たちに言えるのは目的をもって授業を受けてみてほしいということだ。自分の目的が明確でなければどんな授業・講義・講演であっても眠くなるだけだ。そして目的を明確にしたうえで授業の評価を心がけてほしい。

 本当に聞く気がある生徒はしっかり授業に対して注文を付けてくる。教員に改善しようとする気があれば、生徒の言葉ではない行動、目線、態度が自然と見えてくる。それにこたえるために切磋琢磨することが教員にも必要である。
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まとめtyaiました【授業に臨むということ】

 私は規模の小さな学校で「情報A」の授業を行っているので、ここ数年間一年生全クラスの授業を受け持っている。そして各クラスの数時間の授業が終わった後に親しくなった生徒たち

まとめwoネタ速neo 2012-05-07 (Mon) 05:34


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