教育徒然

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演出された対等概念

 このところ世間を騒がせている生活保護の不正受給問題だが、外野の動きがあまりにも喧しく我慢できなくなったので、以前の「不自然なまでの対等概念」の補足のようなことを述べていきたい。

 申し訳程度にしか使っていないツイッターだが、togetterなどで面白い話題や興味の惹かれる内容をちょくちょく探したりもしている。しかしその中に目立つようになってきたのが、メディアの露出が多い人物や地域の知名度が比較的高い人達が個人に宛てる喧しいつぶやきである。

 ツイッターそのものの利点として、普段であれば全くもって接点がなく、言葉を交わすことすらない人物同士が繋がることができるかもしれない双方性などがあげられる。その結果表出した「不自然なまでの対等概念」なのだが、それに輪をかけて面倒なのが、著名人による「演出された対等概念」だ。

 よく見かけるのが「○○の前に私は人間ですから」と、職業を加味した人物像を打消し、同じ人間であることを強調したりするものだ。確かに職業ありきで非難されるのは耐え難い苦痛かもしれないが、自分で公開した情報であるならばそのことに責任をもつことも自覚してほしい。自分の立場を明確にし、それを考慮した発言をしているのだから、職業ありきで迫ってくる言葉を予測できないのがおかしい。

 さらにその立場を知りつつ公開の場で穏やかでない言葉をふりまくのも迷惑である。ネットの炎上にもつながるが、著名人の個人にあてた言葉がクローズアップされ、不謹慎であるとの批判が数多くある。「△△さんにあてた言葉であって、他の人にいったものではない」。こんな言動が聞こえてくる。言場を発することそのものを否定するつもりはない。ただ本当にその発言はネット、すなわち公の場でするにふさわしい言動だっただろうか。

 本当に個人に宛てた言葉であるのならば、見えないところで言い合ってほしい。わざわざそれを公の場でみせつけてくれなくていいのだ。そして公開したいというならば、最低限感情的になり過ぎた言葉は暈すなどして知りたい人にだけ限定公開してはくれないだろうか。

 直接のやり取りができると喜んでいるのはいいが、自分の立ち位置を無理矢理自分で引きずり落として、対等だとアピールするのは愚の骨頂である。お願いせずとも対等概念を持ち込んでくることの多いネットでそんなことをすれば、対等ではなく下に見られるのがオチだ。にも拘らず自分を応援してくれる人がいると過信して妙な発言をしてしまえば、あっという間に炎上である。

 炎上が一過性のものであり、気にすることはない場合もある。しかし、始めから公の場の発言であると意識していれば滅多なことで炎上はしないのだ。著名人であれば、それこそ分かっていそうなものだが、ネットを個人のやり取りであると狭窄した視野でしか捉えられない現状は非常に情けない。

 こういったことをどのように伝えていくのかが課題であり、参考とすべき嫌な事例である。
 
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まとめtyaiました【演出された対等概念】

 このところ世間を騒がせている生活保護の不正受給問題だが、外野の動きがあまりにも喧しく我慢できなくなったので、以前の「不自然なまでの対等概念」の補足のようなことを述べて...

まとめwoネタ速neo 2012-06-01 (Fri) 06:29


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