教育徒然

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思考を辿る

 日々授業を行っている中で、重要だと思っていることがある。それが生徒の「思考を辿る」という行為だ。生徒たちが授業内容を理解しようとしても、なぜか行き詰ってしまう。その理由を探るためには、どのように考えてその行動にいたっかのか、どうしてそこで詰まるのか、それを順を追って解きほぐしていく必要があるのだ。

 しかし、この「思考を辿る」行為が必ずしも重要ではない場合もある。では表計算ソフトExcelを使用することを想定した以下の問題と正答、誤答を見てほしい。




問題 : もしH5がK10を超える数値の場合、「○」を表示、そうでない場合は「×」を表示する関数を書きなさい。

誤答 : =IF(H5<K10,"○","×")

正答 : =IF(H5>K10,"○","×")



 実際に情報処理の授業の中でありがちな誤答である。この誤答を「思考を辿って」見てみると、問題の中で特に重要なのは「H5がK10を超える」という部分である。それを不等号で表すことが出来ているかを確認し、なぜ不等号の向きを間違えたのかまで追っていく。単なるケアレスミスで間違えたのか、それとも不等号の意味が分からず、適当に入れただけなのかまで追っていくと次のミスを防ぐことにつながる。

 とはいっても、そこまでせずともミスしたかどうかを見分けることは思考を辿らずともできることだ。単に正答と誤答を比べてどこか違うかを確認し、それを訂正するだけで事足りる。加えて、例示したような不等号のミスならば合理的な説明で納得するかもしれないが、全角文字と半角文字のミスで起こるエラーなどは実際に見分けなわければ分かりにくく、時間もかかる。さらにいえば、Excelであれば、わざわざ関数を記入しなくとも「関数の挿入」を使えば細かな記号の入力を省くこともできるので、そういったミスを気にする必要もない。

 にも関わらず私は授業の中で徹底的に関数を記入させることを第一とし、ミスをした場合の「思考を辿る」作業を行おうとしている。その理由を考えた時にデジタル教材への不安が見えてしまったので、それを書き記す。

 はっきり言えば、デジタル教材もしくは情報機器の使用により、決められた手順を追う作業に疑問を持たなくなり、自由な思考の幅を狭めることにならないかということだ。こんなことを言うと反対意見が聞こえてきそうだが、もちろんその思考を狭めるのではないかと思い至った根拠はある。

 まずデジタル教材、情報機器がいいという根拠はどこにあるのだろうか。これには①情報量の多さと②現実に縛られない自由さがあるのだと思う。言うなれば紙の教科書上で再現できなかった視覚・聴覚に訴えつつも、現実では簡単にできないことも画面上であれば何でもできてしまう。これがデジタル教材・情報機器の利点である。

 だが、これを鵜呑みにしてしまうのはまずい。なぜならば、多様な情報量を扱うための基本的な思考力と制限された状況であることを理解し、その中で自由に振る舞う応用力があって初めて、デジタル教材と情報機器は活かされるのだから。そして基本的な思考力と応用力を身に付けるためには「思考を辿る」行為が最も重要なものだと考えられるのだ。

 教育を語る中で「過程が重要である」と聞いた人も多いだろうが、これは単に頑張ったかどうかを判断するための言葉ではない。「過程」をよく確認することで、次につなげるための礎とするからこそ「過程」が重要なのだと考えてほしい。

 最初に挙げたIF関数の事例で見てみよう。不等号のミスによる間違いが判明したが、その理由がケアレスであるだけならばいい。しかし不等号の意味がよくわからないというのであれば、そこから教えなければならない。この不等号の意味を基礎とするならば、いくら繰り返したところで最終的にはよくわからないままで身についてしまうのが常であり、応用した場合のミスが多発することが予想できる。

 さらに情報機器を使った場合に出てくる問題は、過程を考慮せず結果のみが提示される点にあるのと、複数経路による過程を提示できるかという疑問点にある。問題解決のスピードに定評のある情報機器だが、それは人間にとって問題を考慮する経路の長さを麻痺させるのと同義である。経路が長いほど人はミスが多くなり、別の答えに行き着きやすい。ゆえに、思考を辿らなければならず、別の可能性を少しずつ潰すことにつながる。

 また、別の可能性を潰すとともに新たな過程を思いつくこともあるだろう。何かが間違っても偶さか正答に辿りつき、別の経路があることを発見することにもつながる。それを情報機器が認めることが出来るだろうか。人が教えればいいと思うかもしれないが、スピードに優れた情報機器が示した正答と見比べることに慣れてしまえば、いくら応用力があったとしても自ら可能性を潰してしまうのではないかという不安も生まれてくる。

 生徒自らが根ざした太い幹がなければ、多くの情報量であっても付け焼刃にしかならない。自らの置かれた枠を知り、その中でできる自由行動を理解し、さらに突破する応用力を身に付けるためには、数々の思考を辿って状況を追わねばならない。果たしてそれが今提案されている情報機器・デジタル教材でできるのかが問われていくのだと思う。


 一応ここまで書いては見たものの、書きたいことをうまくまとまられなかったとも思うので、まとまった時にでももう一度書いてみよう。


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