教育徒然

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どこを起点に考える?


社員のアニメ批判をMXが謝罪「直ちに事実関係を調査し厳正に対処」。

 この一件、先ほど知って色々と思うところがある。この件に関係があるのは果たしてどんな人たちだろうか。

 1 AKB48のアニメを自分のツイッターアカウントで批判したMX放送局社員

 2 MX放送局

 3 アニメの制作にかかわったスタッフ

 4 アニメを見ている視聴者

 5 社員のツイート及び騒動の顛末だけみて発言している人

 ざっと区分けするとこんなところだろうと思う。ではこの1~5に当たる人々はそれぞれどんな思いで行動しているのだろうか。

 ではまず1の行動だが、彼は完全に社員であることを公言している。とはいってもこの発言は、社を代表して書いたわけではなく、完全に「個人的見解」である。彼が単なる一般人として話していたならば、単なる独り言で終わっていいただろう。しかし、彼は自らの所属を元よりあかしていたことで事態はこじれていった。なぜ彼は所属を明かしていたのに、会社にとって不利益となる発言をしたのか。後に本人らしき人物が謝罪文を出していることからも、個の矜持をもって発言したわけでもないことが分かる。それではなぜか。

 それは単純に言ってしまえば、彼とネットにおける彼自身の「心の距離」を自覚出来ていなかったということである。この場合の「心の距離」とは「心の範囲」ともいえる。すなわち1にとってツイッターの発言とは完全に個人の範囲の出来事でしかなかったわけだが、所属を付記している以上、その所属に関することであれば、公式見解と取られても仕方ない状況にある。個人でありながら団体の一員であることを付記している以上、「心の範囲」は団体の「心の範囲であるとの認識をしておく必要があった。余程個人的なことであれば、団体とは切り離されるが、そうでない場合は団体がもつ「心の範囲」を意識しなければならないだろう。

 ちなみに5に当たる人物たちの発言が、リンク先のツイートにある。その中に「言論統制」であるとか、「AKB批判して何が悪い」とか言っている人たちがいる。これは完全に個人の発言であり、団体としての考慮がないから言えることである。「批判して何が悪い」と思うかもしれないが、少なくとも騒動の中心であった1が会社を「批判」するだけの度胸がなく、覚悟もなしの発言だったとしか取れなければ、今回の行動は単に軽率であったとしか言いようがない。

 2の放送局はにとってはとんだとばっちりである。尻拭いをさせられて面倒臭いことこの上ないだろう。仮にもメディア団体としての「心の範囲」を扱っているのだから。正直最近の日本の会社の対応は会社に所属する個人の出来事に対して非常に敏感である。ハッキリいって会社としては、自社に対して批判的な人物を切り捨てる選択肢は当然あるのだ。非人道的だとか倫理的に問題があると考える人もいるかもしれないが、組織運営する上ではバカな行動を起こしてしまうのであれば不利益にしかならない。もっとも今回はそこまでしなくとも収まったわけだが。

 3にしては本当にため息の出るような話だろう。1に同調するものもいるかもしれないが、それでも作り上げたものを「恥」と言われるのはやるせない気持ちになってしまうと思う。1を見る3の目線には冷たいものが混じるのではなかろうか。

 4にしては1の発言は過剰な反応が出るだろう。よりにもよって放送局に所属する人間なのだから、その発言は公式と同じように捉えたとしてもおかしくはない。最も前後のツイートを見れば完全に「個人的発言」であることも理解できるので過剰な行動は控える場合もある。とはいえ、それでも看過するには見過ごせないと考えるだろうと思う。

 5にとっては完全なる話題の玩具でしかない。自分もまたそこに区分けされてしまうわけだが、自分とこの一件は「心の距離」でいうと完全に遠い出来事でしかない。ゆえに客観的視点を持って眺めるわけだが、結局のところそれは野次馬であると宣言しているようなものである。

 しかし、本当にこの手のことはいつになっても起きるものだが、これが収まる日が来るのかが全く見えないのも非常に恐ろしいことではある。


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