教育徒然

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何が問題か。


デジタル教科書、先生使える? 電子黒板で説明会 東京

 本当に2020年までに児童・生徒に対して一人一台の情報端末を導入することが出来るのだろうか。もっとも導入100%よりも気になるのが、導入した際の影響を今一つ広められていないことが重要である。記事には子どもたちの注目を集めやすく、理解度を高められるとある。しかし、子どもたちの注目を集めるという利点を挙げてくるのは微妙である。

 前途多難であることは見えているのだが、どうもはっきりした問題が明確化しないのがもどかしい。

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全て同じというわけではないけれど


ハックルさん @huckleberry2008 から「はるかぜちゃんへ」

 『もしドラ』作者の岩崎夏海さんのメッセージ。細部の点で異なるところはあるだろうが、基本的に言いたいことは同じ。果たしてこれを彼女はどう見るのか。

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はてさて

はるかぜちゃん「警察に通報」を後悔 「殺されそうになるまでがまんすればよかった」

 一見すると、被害者である小学生を責め立てて、追い込むように思える内容だが、よく検討しなければならない点がある。その前に前提条件ははっきりさせたい。

 ・ 誰が見ても脅しと見なされるような表現がされている言葉を放ったのであれば、その行為は犯罪である。

 ・ 今回の事例は紛れもなく脅迫行為とみなされるものであり、加害者はそれを受け止めなければならない。

 ・ 私がこれから書くことは加害者を庇う為のものではない。事実を確認するためのものである。

 これを踏まえて私の気になる点を以下にあげる。



 ① 被害者は本当に被害者でしかなかったのか。

 ② これはいじめられた側を退場させようとした行為であり、いじめがはびこる構図であるか。

 ③ 子どもはインターネット制限をされるべきか。



 さて、まず①の被害者は被害者でしかないのかという点である。別にこの小学生が何か犯罪行為をしでかしたのかという意味ではない。以前から指摘されていることだが、彼女のツイッターのやり方については賛否両論が出ており、注意した方がいいとされていた。特にフォロワー数が多いという事も相まって、彼女の周辺人物による過激な対応が問題視されていたのである。

 彼女自身もそれを忠告されていることを述べていたことがある。それについて対処したこともあるが、あまり具体的な対策が取れていないように思える。今回の一件に関してだけ言えば、彼女はあくまで被害者である。しかし、彼女の一連の行動について疑問視されるような状況にあるのも確かで、それについては大いに議論されるべきである。犯罪のきっかけをつくったことを悪いと責め立てられるのは筋違いだと言われればそれまでだが、被害者側に何らかの原因があったのではないかと追及することを排除する動きはいただけないものである。これが②につながる。

 では、『小学生にネットをやらせるから・・』といった声を、いじめられた側を退場させようとする行為と見なしていいものだろうか。また、これをいじめの構図と捉えたのは一体なぜなのだろうか。一つの可能性としては彼女が小学生だからということも関係しているのかもしれないし、大人数で責め立てているのをいじめているように見えたという事なのかもしれない。もしかすると、ともに多くのフォロワーを抱えている身として自分と重なり、似たような経験を「いじめ」であると捉えたのかもしれない。

 しかし、これらを単に「いじめ」であると断定してしまうのは些か早計のような気もする。大人が子供に対して議論しようとする姿を見た時に、それをどう思うか。気の早い人は、大人が子供を言い負かしている姿をいじめているようにしか見てはくれないだろう。特に小学生相手に何をムキになっているんだと、大人をいさめるように仕向けはしないだろうか。当人同士の関わりが薄くなりがちなやり取りでは尚更「いじめ」と決めつけたくなるかもしれない。

 しかもインターネット上でのやり取りは以前から言葉が荒くなりがちなのは指摘されている。逆に相手をバカにしているのでないかと思わせるような表現もあり、「いじめ」の構図を再現しているというには、少しばかり断定し過ぎなのではないかとも思ってしまう。

 さて、それでは③であるが、彼女自身が「子どもがインターネットをすることに対して制限させた方がいい」という意見が出ることを危惧していたようである。それを防ぐために通報は悩んだという。しかし申し訳ないが、これは彼女の「甘い考え」でしかない。そして「被害にあった側の落ち度を叩く」のに疑問があるとしている点についても考慮が浅い。

 まず今回の件に関して、彼女の特殊な立場であることを自分で意識する必要がある。もしくは周囲のネットをやらせている大人は、考慮すべきであった。すでに彼女の認知度は一般人であるとは言えない。それに対して注目が集まることは避けられず、通報することはごく自然な流れである。むしろそれを後悔するような発言をすること自体が周囲の影響を考えていない。それこそ、一般人が脅迫されたときの通報を躊躇させるようなものとなりかねない。

 また小学生であることを問題視されるのが嫌であると述べているが、これはむしろ自意識過剰ではないだろうか。確かに彼女の事例が持ち出されることはあるだろうが、小学生のネットの扱い方などに関しては、これから論議される段階にきているものであり、これをきっかけに一斉規制などとなるものではない。

 どちらかといえば私は、低年齢層に対しては一定のインターネットの規制があってもいいのではないかと考えている。それ以外に対して、保護者と本人が処理できる形での利用をすすめたい。ただ、もし私が彼女の担任であると仮定して、インターネット上で脅迫されたとすると、どのようなことを提案するだろうか。

 彼女の年齢や立場などを考慮したうえで、彼女の言動等に問題がなかったかや、インターネットに接する上で保護者が監督できたいたかなどをまずはチェックするだろう。そのうえで、ネットに接する時間の頻度をさげてもらうことや、言動に注意を払うよう保護者の方で確認してもらうなどの対応をみなおしてもらえるよう忠告する。わざわざ学校から言われたくはないと思うかもしれないが、身元が詳細にわかってしまうような状況であれば、それらの対応が出来るような学校でないと、周囲の児童も対応ができない。

 単に一般的な児童に対してインターネットの規制を行うかに関しては、保護者や周囲の大人たちの対応状況によるだろう。使い方やマナーに留まるものではないが、子どもだけがネットにどっぷりと浸かっている状況は異常である。そのために情報教育を行っているのだが、どこまで理解されるものかは、子どもの考え方によるであろう。

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「いじめた方が100%悪い」はよく考えてから使おう

 正直この「いじめた方が100%悪い」といった内容の言葉、はっきり言ってあまり好きではない。だからといっていじめの被害者を責めるつもりではなく、もっと別の点に意識を向けるべきではないかという警鐘だと思ってほしい。

 たいていの場合、この言葉を発するのは、いじめを外側から見ている者である。このときに注意しなければならないのは、その者は心情的に被害者の立場でしか「いじめ」という行為を見ていないということである。いじめの加害者の立場に立って考えるなど言語道断などと言われるかもしれないが、すべてを明らかにされた状態であるならまだしも、何もよくわからない状況でただ「いじめ」という行動にだけ拒否反応を起こすのは、むしろ「いじめ」という行為に蓋をするだけのようなものである。

 いじめの起こった原因は何なのか。それを探り、根本的な問題を解決に導かなければ、「いじめ」防止とはならない。通常であれば普段からの観察や働きかけによって「いじめ」の芽を潰している。今至る所で「いじめ」が取り沙汰されているが、それは大きくなり過ぎたゆえに目立った形となったものであり、求められている対処も、見えている部分を刈り取ればいいだろうという程度のものである。その根本を見つけ出し、解決するのは始めから眼中にはないのかもしれない。

 これに輪をかけて、いじめを悪化させているのが、「いじめた方が100%悪い」なのだ。何せ事情も知らずに徹底的に被害者を重視し、他人であるにもかかわらず、被害者の立場となり、加害者の事情を考慮しようとしないのだからたちが悪い。しかも、絶対的正義の立場だと勘違いして、大多数に共感させるかのような言葉である。こんな言葉を使ってしまえるということは、事態をすべてを知り、それでも自らの言葉に責を持ち訴えることのできる人物か、いじめを一方的な客観視しかできない人物のどちらかではないかと勘ぐってしまう。

 しかも今のいじめは原因がよくわからないままいじめが発生していると言われる。それは本当に原因がないのだろうか。いじめの加害者であれ、被害者であれ、原因やいじめのきっかけとなることは必ずある。重要なのはそれを如何に炙り出して、表面化させることである。

 また、結局いじめとは「強者が弱者をいたぶる」状況である。しかし、その状況によって強者と弱者は変わる。それは身体能力の差であり、知能の差であり、立場の差であり、自分を形作る人数の差である。その差を意識したときに傲慢に繋がれば、いじめのきっかけとなり、その差を意識したときに、互いの個性と尊重すれば、「いじめ」ではなくなる。

 その強者を「悪」と断定してしまうのは、返す刀で自分も強者の立場になっていることを理解しているのだろうか。「いじめ」に対して、いじめている側は「いじめ」ているという意識はないが、いじめられている側はいつまでも覚えているという。その意味をもう一度よく考えてほしい。

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そろそろネタを仕込まないと。

 11月を迎え、一つの区切りをつける時期が近付いている。まあ、エクセルを教える状況から、次に何を教えるかということに過ぎないが。一応予定しているものとしては、HTML言語によるwebページ作成の基本という事になる。パワーポイントを使ったプレゼンテーション実習は冬休み明けになるだろう。

 しかし、HTML言語もいつまで教えるべきなのだろうかと不安視することもある。私の授業としては、ホームページビルダー等を使わずに、直接メモ帳に記述して、拡張子変換することで、一応ページの体裁を整えるというものにしている。全く意味の分からない記述から、webページが構成されていることを知り、少しでもインターネットの基礎的な部分を考察できるようにしたいという意味もある。そこまでやる必要があるのかと言えば何とも言えない。勿論教科書に掲載されている内容であり、別段逸脱した内容という事ではない。

 結局はどこまで教えるかという点にすぎないので、触れなくても構わないのだろうが、今後も考えた時にはもう少し発展的な内容で何とかできないかと思うこともしばしばある。これは他の内容についても同じであり、教科「情報」をもっと精査していく必要があるのだろう。

 なんとかそのあたりを今後の授業の中で考えていきたい。

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